業界に潰されたガソリン代替燃料「ガイアックス」

2000年前後のことでしたが、ガソリンの代わりとして高濃度アルコールであるガイアックスという燃料が自動車向けに販売されていたことがありました。
これはアルコール燃料という性質上既存の課税の対象に当てはまらないことから揮発油税などが適用されず、税制面から安価な燃料として消費者から評価されました。
しかし税収につながらない行政と、石油元売り各社などが自動車メーカーを味方に引き入れて猛烈な締め出し運動を起しました。
「我が社のクルマにガイアックスを入れた場合、故障しても保証しないし、今後点検なども受け付けない」という徹底したものでした。

法律の抜け道を探して安価な燃料を売り出したガイアックスに対して、後手に回った格好の行政はどうにか課税しなければならないという必要に迫られて結果的に軽油取引税を適用することになります。

この(商品名)ガイアックスの成分は炭化水素が約50%、その他にイソブタノールやイソプロパノールなどが入っており、天然ガスを精製して得られる高濃度のメチルアルコールでした。
この「高濃度アルコール」という観点から自動車メーカーは燃料パイプや金属部品の劣化を早めるとして使用しないようにユーザーへ伝えるのでしたが、これらの科学的立証は困難を極めたようです。
環境省が調査したところ、ガイアックス一酸化炭素ならびに炭化水素の発生量はガソリンよりも少なく、逆に窒素酸化物やアルデヒドなどの排出量は増加するという結果を公表しています。
しかしこれも検査方法の違いがあるとして石油元売り各社やガイアックス当事者の双方から反論が出されています。

つまるところ自動車メーカーとしても石油関連団体としても行政としても明確な結果は出せていなかったのですが、これらの巨大な利権構造は市場からガイアックスを締め出し、ついには製造業としてのガイアックスそのものが自己破産という結末を迎えてしまうことになります。
当時のメディアはガイアックスの特集を組む中で、石油関連団体や政治家らの不適切な圧力を指摘しましたが、その理由として備蓄用の大型タンクが借りられないような裏工作が進められていたとも暴露しています。
こうして日本の新エネルギーの一つが葬り去られました。
まだ12年ほど前のことだから、記憶にある方もおられるだろうし、実際に燃料として使用したことがある方もおられるでしょう。

その後、ブッシュ小泉の時代に入ってイラク戦争が勃発すると、途端にブッシュがバイオエネルギーを言い出し、トウモロコシなどの穀物を原料にしたエタノールガイアックスメタノール)を生産するようにと発表しました。
これには農産物価格の低迷に悩んでいたアメリカ国内の穀物農家にとって「ひょうたんから駒」のような夢のような話であって、ブッシュの利権構築に多大な影響を与えたとされていました。
一方でトウモロコシをはじめとする穀物相場が急騰する結果になって、アフリカなどの食糧不足地域がカロリー不足を加速させる一方で、南米あたりの森林が伐採されて穀物畑にしようとする動きが拡大することになります。
ブッシュが言い出したことによって餓えて泣く子供たちが世界中に増え、広大な森林地帯が激減して行ったのでした。

こうして得られたバイオエタノールですが、切り払った密林は簡単には元に戻らず、ブラジルなどはどうあってもこのエタノールを有効活用しなければ政権の存続に関わる事態だとして、自動車用の燃料にバイオエタノールを混合する計画を進めることになります。
一方のアメリカでは、ブッシュが打ち出したバイオエタノールの熱に浮かれていたものの、熱が冷めてみればそこに壮大な無駄が仕組まれていたことに気が付きます。
確かに化石燃料である石油を燃やすより、植物を利用することで二酸化炭素の排出量は少なく抑えることができるものの、そのために地球上に飢餓で苦しむ人々を産んだのでは厳しく批難されるに決まっているということに気が付いたのです。

その後研究が進み、何もトウモロコシなどの穀物ではなくても植物であれば生成工程を工夫することでエタノールは作ることができるとわかって来ました。
このことは石油産出国に世界の舵取りを許して来たこれまでの世界の主導権を取り返すことができるという意味を含んでいます。
そのためにアメリカ政府は海軍が年間に消費する石油の何割かをバイオエタノールの導入に充てると発表します。
しかし実際には石油よりも高価格になるバイオを使うことは、軍事費の増大を意味していて、軍事費抑制に悩んだオバマ政権はバイオを軍用に導入する案を白紙撤回します。
その裏にはアメリカ国内で大量生産できるシェール・ガスの目途が立ったという側面もあるでしょう。

しかし一方の日本ではかつて産業界と政界が手を組んでガイアックスを締め出したという前科があるために、バイオエタノールを自動車用の燃料に導入するという案にはなかなか踏み出せずにいました。
しかし石油産出国に主導権を握られている立場はアメリカも日本も同じであって、できるならばバイオを導入するに越したことはないという考えです。
そこで苦し紛れに言い出したのが、ガイアックスの出所は天然ガスでありバイオの出所は植物だという主張でした。
つまり二酸化炭素が放出されるだけなのか循環するかという違い。
もうひとつはガイアックスメタノールでありバイオはエタノールだという主張です。
と言うよりも、国民がせっかく忘れかけているガイアックスという名前はできるだけ出したくないという考えが本音だったようです。
国内の石油元売り各社は手のひらを返したようにバイオの混合燃料を売り出し、自動車メーカーも何ら批判めいた態度にも出ません。
政界も歓迎ムードでこれを迎えていて、必要な法整備などの手土産まで準備する始末です。

つまりこの国の産業政策とは常に利権構造に沿った形で進められなければならないのであって、アウトロー的に新規格の製品を出そうとすれば寄ってたかって締め出しを食らうということです。
この新規格は利権構造体がみずから打ち出すべきものであってそれが利権そのものだからです。



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